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機械屋さんの裏紙

Mechanical engineers sometimes waste paper.

バレンタインデー

 

今日はバレンタインデーということで、板チョコを2枚買った。

板チョコは他のチョコよりも高級な感じがして自分ではなかなか買うことができない。元々甘いものがとても好きだったので、チョコもそれなりに消費してきた。けれど、いつも手に取るチョコは小包装のものばかりでなかなか板チョコを買おうとは思えなかった。きっと生まれ育った環境のせいだ。実家で暮らしている間、板チョコなんて目にする機会はなく、それだけで気軽に買ってはいけないものだと思い込んでいた。同じ値段のチョコだとしても家族で食べるなら細かく分かれている方がいい、1人で食べるにしても細かく分かれていた方が食べやすいし、何より長持ちする。だから、どうしても板チョコは贅沢なものだという感覚が付きまとった。

今日は特別な日だからと言い聞かせて、板チョコを買うために、満を辞して家から最も近いコンビニに入った。いつものコンビニは少しだけバレンタインデーを意識しているようでいて、意識していることを周りに気づかれないようにしているようで、あたかも思春期真っ只中の中学生だった自分を、思い出させた。男子なら誰しも経験したことがあるだろう。バレンタインデーの朝はなんだかそわそわして、なにかあるわけでもないのに、いつもより少しだけワックスを多めに頭に塗りたくり、なるべく1人で行動し、女子に隙があるように見せた。女子からしたら、今日のための準備は昨日までで終了しているはずで、いくらバレンタインデー当日に張り切ったところでチョコをあげようと思うことはないだろう。専ら義理については全くもってカウントから除外している。

コンビニで板チョコ(明治のミルクチョコレートとロッテのガーナ(ミルクチョコレート))を手に取った僕は案の定周りからの視線が気になり、すぐに顔が真っ赤になったことを悟った。このままではレジに行く前に倒れかねない、と確信した僕は2度大きく深呼吸をしてからレジに並んだ。前には2人のスーツ姿の男性が並んでいたが、機能しているレジは1つだけだったので、待っている時間がとてつもなく長く感じられた。

ついに自分の番が来た。無感情を装い板チョコ2枚だけをレジに差し出した。きっと店員さんも無感情だろう。これまで何千何万もの板チョコが買われていく様子を見てきたのだから、たとえ、バレンタインデーだったとしても何も思うことはあるまい。…ピッ…ピッとバーコードを読み取る音が店内に響き渡ったように感じた。 

レシートを断って板チョコ2枚が入ったレジ袋を受け取るとき、初めて店員さんと目があった。今時の女子大生だった。髪は少し明るい茶髪で胸のあたりまでの長さがあり、前髪が少しだけカールしていた。頬はほんのりとチークで色づいており、僕は、可愛らしいと思った。そして彼女は僕と目があった瞬間ににこりと微笑んで「いってらっしゃい」と言った。

悔やまれるのは、あっけに取られて何の返答もなしにそそくさとコンビニを立ち去ってしまったことだ。大人なんだからありがとうの一つでも返すべきだった。そして、次に彼女に会った時には気の利いた一言でも返そうと誓うのだった。いつもより、チョコが苦く感じたのは気のせいか。