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機械屋さんの裏紙

Mechanical engineers sometimes waste paper.

誰のものでもないのに自分のものと思う

みなさんにはこんな経験はないだろうか。
 
 
学校の裏庭にそびえる大木の陰。
 
名もない川にかかる橋の下。
 
公営駐車場の空き瓶の山。
 
 
そんな誰のものでもない場所を、自分だけのものだと感じることが、僕にはある。
 
 
最近、昼休みになると自分のデスクからどうしても離れたくて、短い時間だけど散歩をするようになった。これまで会社の敷地内を自由に歩き回ることなんてなかったから、それだけで新しい発見をして日々心をときめかせている。そんな僕にお気に入りの場所が見つかった。なんてことはない広場である。そこには雑草が生い茂り、腰掛けるのに絶好の石が一つだけ置いてあった。正面の道路とは等間隔に植えられた木で隔てられ、すぐにひとりになれた。
 
春になり広場には美しい桜が咲き始めた。するとどうだろう。これまで、誰ひとりとして訪れなかった広場に何人もの従業員がやってきた。まさに自分のプライベートスペースを侵されていく気分だった。僕はこの桜がつぼみを膨らませ、雨や風を耐え忍び、寒波にもめげずに花を咲かせたことを知っている。そんなことに優越感を無理やり感じることでしか、突然やってきた彼らを許すことができなかった。僕は誰のものでもない広場を自分のものだと思い込んでいたのだ。
 
来週には桜も散ってしまっていることだろう。そしてまた、広場には僕ひとりしかやって来ない日々が始まるだろう。そんなことを考えると少しだけ穏やかな気持ちになる。

バンズフリー通話に市民権はない

Airpodsを買ってから2ヶ月ほど経つ。ほぼ毎日使っているが、完全なコードレスのため、イヤホンをすることに対する煩わしさから解放されストレスを全く感じない。色々なレビューサイトで心配されていたような耳からすぐに外れてしまうだとか、片方だけ無くしてしまうといった事象は今のところ起こっていない。

最近はiPhoneの純正イヤホンが普及したこともあって、街中でハンズフリー通話をしている人を見かける。Airpodsを使ってもハンズフリー通話が可能なのだが、この製品が世間一般に浸透していないからか、Airpodsを使って通話していると周りから異様な目で見られているように感じる。ある人はサッと僕に道を譲り、ある人はびっくりして振り返るのだ。

確かに、イヤホンをしてるといっても身につけていることすら忘れてしまうほどの大きさだから、周りの人にとっては楽しそうに独り言を話すヤバい奴にしか映らない。そんなこともあり、最近では周りに人がいるときには、気づかれないように小さな声で話すようにしている。こうすることで逆にストレスを感じてしまうから元も子もない。

Appleはこれから発売されるiPhone(7s??)には純正Bluetoothイヤホンを同封して、世の中に広めていってほしい。日本、そして世界中でハンズフリー通話が市民権を獲得できることを祈っている。

AirPods MMEF2J/A

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横浜中華街の豆板醤

横浜中華街のメインストリートの端の方に一見どこにでもあるような四川料理屋があります。僕はこの店の身体から火を噴くような辛さの料理がとても大好きなのですが、それは置いておいて僕が今日紹介したいのが、この店に置いてある豆板醤です。

この店との出会いは僕がまだ大学生のころ、工場見学のために横浜に来ることがあったんです。二泊くらいのバスツアーみたいで浮かれてたんでしょうね。ちょうど、ホテルが中華街の近くにあって夕食は各自となれば(近くといっても徒歩で30分くらいだった)横浜来たなら中華街行くっしょ! みたいなノリで数少ない友人と中華街を散策しに行きました。そのころから頭と舌がおかしくて、横浜といったら中華! 中華といえば四川! 四川といったら辛いもの! とかそんな感じで何も考えずに1番辛そうな店に入ったのを覚えてます。案の定、めちゃくそ辛くて友人共々汗をダラダラ流しながら、美味い、辛い、痛いなんて言いながら一押しの麻婆豆腐を食べました。次の日は休憩の度にトイレに行ってはケツが燃えるような感覚に苦しめられたのを覚えています。

次の日も中華街で夕食をとることになったのですが、友人の1人が「また、あの店いきてぇな」と言いました。その頃にはケツが燃えるような痛みも治まっていたせいか、満場一致であの四川料理屋に向かっていました。そして相変わらず麻婆豆腐を注文し、相変わらず美味い、辛い、と言いながら次の日のことなど考えずに貪りました。僕はトイレに行くために席を立ち「もうケツが痛くなったのか」などと茶化されていると、とある広告が目に飛び込んできました。『家庭でもこの味を!麻婆豆腐の素売ってます。』これは買わない手はないな、そう思った僕は友人たちに内緒にしておこう。そして会計の後にドヤ顔で、良いものを手に入れた、と自慢しようと企んでいました。

食事も済んで、いざ会計の瞬間が訪れました。荷物をまとめることに手間取っている演技をして、会計の順番が最後になるように調整していると先にレジに並んだ友人が「あ、会計は別々で、あと麻婆豆腐の素一つください」と言っているのが聞こえました。
僕は、くそッ! やられた! 僕のネタを盗られた! そう思いました。完全に被害妄想ですが、このままでは良いところを全部持っていかれてしまいます。僕は苦し紛れに「じゃあ僕はこっちの豆板醤を頂こうかな」と言って麻婆豆腐の素の隣に置いてある豆板醤を買いました。これこそ二番煎じ。全く面白みのない買い物をしてしまったのです。これではただの料理好きな大学生。きっと友人も面白くないと思っていたことでしょう。

こうして僕は豆板醤を手に入れました。せっかくだし、色々な料理に使ってやろうと思っていつものメニュー(チャーハンくらいしか作れない)に豆板醤を加えてみることにしました。メニューの全てが辛いものなんじゃないのかなって勘違いするくらい辛いもの推しの店ですので、豆板醤も物凄く辛いんだろうなって思ってたんですよ。しかし、その予想はことごとく裏切られてしまいました。そして、すぐに気がつきました。この豆板醤、ラーメン屋とかに置いてあるそれとは全く違う。あの店では味わったことのないコク(辛さに紛れて気づかなかっただけ? )、全身に広がる風味、そして健やかな辛さがたまらない。あぁ豆板醤買ってよかった。ありがとう、友よ。

今では、あの店の豆板醤の虜で、豆板醤が無くなりそうになると、いつ中華街に行こうか? と考えるほどに。ぜひ、みなさんも騙されたと思って一度買ってみてはどうでしょうか。

 

 

バレンタインデー

 

今日はバレンタインデーということで、板チョコを2枚買った。

板チョコは他のチョコよりも高級な感じがして自分ではなかなか買うことができない。元々甘いものがとても好きだったので、チョコもそれなりに消費してきた。けれど、いつも手に取るチョコは小包装のものばかりでなかなか板チョコを買おうとは思えなかった。きっと生まれ育った環境のせいだ。実家で暮らしている間、板チョコなんて目にする機会はなく、それだけで気軽に買ってはいけないものだと思い込んでいた。同じ値段のチョコだとしても家族で食べるなら細かく分かれている方がいい、1人で食べるにしても細かく分かれていた方が食べやすいし、何より長持ちする。だから、どうしても板チョコは贅沢なものだという感覚が付きまとった。

今日は特別な日だからと言い聞かせて、板チョコを買うために、満を辞して家から最も近いコンビニに入った。いつものコンビニは少しだけバレンタインデーを意識しているようでいて、意識していることを周りに気づかれないようにしているようで、あたかも思春期真っ只中の中学生だった自分を、思い出させた。男子なら誰しも経験したことがあるだろう。バレンタインデーの朝はなんだかそわそわして、なにかあるわけでもないのに、いつもより少しだけワックスを多めに頭に塗りたくり、なるべく1人で行動し、女子に隙があるように見せた。女子からしたら、今日のための準備は昨日までで終了しているはずで、いくらバレンタインデー当日に張り切ったところでチョコをあげようと思うことはないだろう。専ら義理については全くもってカウントから除外している。

コンビニで板チョコ(明治のミルクチョコレートとロッテのガーナ(ミルクチョコレート))を手に取った僕は案の定周りからの視線が気になり、すぐに顔が真っ赤になったことを悟った。このままではレジに行く前に倒れかねない、と確信した僕は2度大きく深呼吸をしてからレジに並んだ。前には2人のスーツ姿の男性が並んでいたが、機能しているレジは1つだけだったので、待っている時間がとてつもなく長く感じられた。

ついに自分の番が来た。無感情を装い板チョコ2枚だけをレジに差し出した。きっと店員さんも無感情だろう。これまで何千何万もの板チョコが買われていく様子を見てきたのだから、たとえ、バレンタインデーだったとしても何も思うことはあるまい。…ピッ…ピッとバーコードを読み取る音が店内に響き渡ったように感じた。 

レシートを断って板チョコ2枚が入ったレジ袋を受け取るとき、初めて店員さんと目があった。今時の女子大生だった。髪は少し明るい茶髪で胸のあたりまでの長さがあり、前髪が少しだけカールしていた。頬はほんのりとチークで色づいており、僕は、可愛らしいと思った。そして彼女は僕と目があった瞬間ににこりと微笑んで「いってらっしゃい」と言った。

悔やまれるのは、あっけに取られて何の返答もなしにそそくさとコンビニを立ち去ってしまったことだ。大人なんだからありがとうの一つでも返すべきだった。そして、次に彼女に会った時には気の利いた一言でも返そうと誓うのだった。いつもより、チョコが苦く感じたのは気のせいか。